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2018年2月20日 3.11企画~「あの時」を知り、「いま」を見る~を開催しました
 2月10日(土)、パルシステム埼玉 運動委員会はぱる★てらすで、3.11企画として防災講演会を開催しました。
 東日本大震災から7年目を迎える「いま」、「あの時」被災地では何が起きたのか…。歌津地区会復興支援の会「一燈」代表の小野寺寛さんと、南三陸町の水産加工品をお届けする「たみこの海パック」代表の阿部民子さんをお招きし、当時の様子をお話していただきました。


 小野寺さんは宮城県南三陸町の概要について説明し、震災時の様子が撮影されたビデオの上映と共に当時の被害状況について語りました。高い場所から津波の様子を一部始終記録した映像には、緩やかな動きだが大きな姿で町に襲い掛かる津波の恐怖。映像から聞こえるのは、テレビの砂嵐のような津波の音と、流され、ぶつかり合う建物同士の軋む音。そんな津波が押し波、引き波を何度も繰り返したと小野寺さんは話します。

 小野寺さんが代表を務める歌津地区会復興支援の会「一燈」では、復興公営住宅や高台移転地それぞれの住民を集め、自治会の運営方法や取り組みなどの情報交換を行なうネットワーク会議や、県外から震災スタディツアーで来訪された方への震災による被害状況や復興の様子の講演活動などを行なっています。「宮城県では昔から10~20年おきに津波が発生しており、津波を忘れないために当時の被害を地名に残し、何十年、何百年と子孫たちに伝えていました。それらの先祖たちの伝言を東日本大震災で生かせなかった反省と、これからどうすべきかが、我々の今後の課題になります」と小野寺さんは参加者に話されました。


 阿部さんは南三陸町でご家族と一緒に、海の近くでわかめやホタテの養殖業を営んでいました。「あの日は海がとても穏やかで、気持ちが良かったんです」と、地震発生前の海の様子を思い出されました。3月11日の午後、阿部さんは工場でいつものように海産物の加工を行なっていました。…それからしばらく時間が過ぎた後、地震が発生。以前から「この地域では地震が起きたら必ず津波が起こる。すぐに高い場所へ逃げろ!」と言われていたため、阿部さんとご家族は海から離れ、高台にあるご自宅へ一度戻り、さらに高い場所へ避難したため、難を逃れました。その後津波が落ち着いた頃を見計らい、とある民宿に避難し、自衛隊の救助が来るまでの3日間、避難してきた大勢の人達と身を寄せ合いました。「一番困ったのは食べるものが無かったことです。何とか食料を得るために、余震や津波の様子を見ては冷蔵庫の残骸などから食べられるものを集めました」と、凄惨な体験を語られました。
 震災の後、しばらく海が怖かったと阿部さんは話されましたが、復興支援活動に来たボランティアや知人の方などの支えもあり、南三陸町が再び漁業や観光の盛んな町に復興できることを願い、水産加工品のお店を始めました。

 パルシステム埼玉の被災地スタディツアーでも必ず訪れるこのお店は、おいしい海産物と阿部さんの人柄から大変好評で、この度参加者からの多くの声より、南三陸町のイチオシ商品が詰め込まれた『たみこの海パック』がパルシステム埼玉独自品として企画が決定しました。
 今回参加者には、一足先に『たみこの海パック』の商品を使用したメニューでそのおいしさを実感していただきました。


『たみこの海パック』は料理に幅広く使えます

南三陸町の海ではこんなに長いめかぶが採れるんです!

新鮮なわかめのしゃぶしゃぶは絶品!

復興支援商品のお買い物も楽しめました

 ニュースだけでは伝わらない被災地の様子、被災者の声を聞くことで震災の記憶を風化させない。これから起こるかもしれない災害に備え、その時自分は何をすべきか?また、震災復興支援につながる、私たちにできることはどんなことなのか?参加者一人ひとりが改めて震災に向き合うきっかけとなった企画となりました。
 今後もパルシステム埼玉では、商品や活動を通じて、被災地支援に取り組んでまいります。


 震災復興支援企画『たみこの海パック』の詳細はこちらから♪